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千葉地方裁判所 昭和51年(行ウ)9号 判決

原告 熊田仁一 外一八一名

被告 田中芳夫 外三名

主文

一  (主位的請求について)

1  被告田中芳夫は、千葉県流山市に対し、金一五七万七、〇〇〇円およびこれに対する昭和五一年八月二六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らの、被告岡田日出男に対する訴を却下する。

3  原告らのその余の請求を棄却する。

二  (予備的請求について)

本件訴を却下する。

三  訴訟費用は被告田中芳夫との関係の分についてはこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とし、その余の被告らとの関係の分については原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

被告らは連帯して、千葉県流山市に対し、金四、〇〇〇万円およびこれに対する昭和五一年八月二六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  (予備的請求)

被告石塚健、同榎本清次郎、同岡田日出男は流山市の職員として、訴外染谷元次、同京葉住宅株式会社、同山内重機建設株式会社および被告田中芳夫に対して、昭和五一年二月一五日以降、金四、〇〇〇万円及び右金員に対する昭和五一年二月一五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の損害賠償請求を怠つている事実が違法であることを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  (主位的請求に対し)

(一) 被告岡田日出男の関係

(1) 訴却下

(2)(仮定的に)請求棄却

(二) その余の被告らの関係

請求棄却

2  (予備的請求に対し)

(一) 訴却下

(二) 請求棄却

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告ら(請求の原因)

1  当事者

(一) 原告らはいずれも千葉県流山市の住民である。

(二) 被告田中芳夫(以下「被告田中」という。)は昭和四二年一月一日から同五〇年五月五日まで流山市市長の地位にあつた者であり、被告石塚健(以下「被告石塚」という。)は昭和五〇年五月六日から現在に至るまで同市市長、被告榎本清次郎(以下「被告榎本」という。)は同五〇年七月一日から現在に至るまで同市助役、被告岡田日出男(以下「被告岡田」という。)は同四九年七月一日から現在に至るまで同市収入役の地位にある者である。

2  事実経緯

(一) 被告田中は、昭和四七年五月二二日、流山市長として、流山市上貝塚一五番地在住の染谷元次から、その所有にかかる流山市西初石四丁目三四七番地所在山林一万八、四五二平方メートル(五、五八一・七三坪)(以下「本件土地」という。)を左記条件で賃借しその旨の賃貸借契約書を作成した(右賃貸借契約を、以下「本件賃貸借契約」という。)。

(ア) 使用目的 仮称流山市立西初石小学校敷地として

(イ) 権利金   七、二五六万二、四九〇円

(ウ) 賃貸借期間 昭和四七年五月二二日より六〇年間

(エ) 賃料    一ケ月金六万八、〇九七円(三・三平方メートル当り一二・二円)

(オ) 売却制限及び抵当権等の設定禁止 地主は本件土地を売却するときは流山市に対して優先的に売却するものとし、流山市の承諾を得ないで第三者に売却してはならない。また、地主は本件土地に抵当権、質権その他形式のいかんを問わず、土地の完全な使用を阻害する権利等をいつさい設定してはならない。

(二) ところが、染谷元次は本件賃貸借契約締結以前に本件土地上の表土一一万一、四一〇立方メートル(以下「本件表土」という。)をすでに第三者に売却していた(但し搬出はされておらず、搬出時期も決つていない)。そして、被告田中は染谷元次からこの事実を聞き、知つていた。したがつて右両名は賃借土地は本件土地から本件表土搬出後の土地であることを了解していたのであるが、右表土に関する事項を本件賃貸借の契約書には一切記載しなかつた。

(三) 被告田中は昭和四七年九月、流山市議会(以下単に「議会」という。)の同意を得るため、議会に対して本件賃貸借契約に基づく財産取得に関する議案と、これに伴い流山市開発協会に負担すべき権利金七、二五六万二、四九〇円を三ケ年分割払をする旨の債務負担行為に関する議案を提出したが、その際議会に対し本件表土に関する事項を全く説明しなかつた。その結果、議会は右両議案を可決し、右議決により、市は権利金七、二五六万余円を流山市開発協会に支払わせ、流山市は右開発協会に対して三ケ年分割払いとする債務負担行為を設定した。したがつて議会は本件表土がすでに売却されていることなど全く知らないまま本件土地を現状有姿のまま直ちに賃借するという前提で右両議案を可決したのである。

(四) 更に昭和五〇年五月、被告石塚が流山市長の地位についたときも、被告田中は、事務引継の際、被告石塚に対して本件表土に関する事項を全く説明せず、かくて流山市の賃借土地が本件表土搬出後の土地であることは、市関係者の間では最近に至るまで被告田中以外には知られなかつたのである(なお、本件表土は現在に至るまで全く搬出されていない)。

(五) ところが、流山市がいよいよ本件土地上に学校建設を進める段階に至り、山内重機建設株式会社(以下「山内重機」という。)が流山市に対し本件表土の所有権を主張してきた。その根拠は、本件表土は昭和四三年一二月一〇日、当時の地主である染谷藤七(前記染谷元次の被相続人)から京葉住宅株式会社(以下「京葉住宅」という。)に譲渡され、更に同四六年二月一日京葉住宅は本件表土を山内重機に譲渡しており、以後山内重機が本件表土を所有している、というのであつた。

(六) そして昭和五〇年一二月、山内重機は流山市に対して本件表土を左の金額で買い受けるよう要求した。

表土原価   一、七〇〇万円

裏契約手数料   六五〇万円

伐採片付金    一〇〇万円

測量費用     一〇〇万円

支払利息   一、一七五万円

見込利益   二、五〇〇万円

合計     六、二二五万円

これに対し被告石塚は流山市長として、見込利益金中二、二二五万円を削減したほかは、ほぼ山内重機の要求を認め、本件表土を合計金四、〇〇〇万円で買い受けることを約束した。そして被告石塚は昭和五〇年一二月、議会に対し財産取得として流山市が山内重機から本件表土を金四、〇〇〇万円で買い受ける旨の議案を提出し、議会は反対意見を留保しつつも賛成多数で右議案を可決した。

(七) かくて、流山市は昭和五一年二月一四日までに本件表土を買い受けるために金四、〇〇〇万円の公金を山内重機に対して支出した。右公金支出はもともと支払う必要のないものであるのに、後記被告らの責任によつて支払うこととなつたのであるから、流山市は右同額の損害を蒙つた。

3  被告らの責任

(一) 被告田中の責任

(1) 被告田中は、昭和四七年、染谷元次との間で本件賃貸借契約を締結するにあたり、本件表土に関する事項を一切書面にしなかつたばかりか、事務当局や議会にも報告しなかつた。そのため、議会は本件表土を含む本件土地を賃借するという前提で右賃貸借契約に基づく財産取得と、補正予算としての債務負担行為を可決したのである。

(2) 従つて、もし、被告田中において本件土地の賃借権は、本件表土が搬出された後のものであることを書面に記載し、または議会に対し、議案提出の際、表土に関する事項を説明していれば、本件土地の使用時期等に疑いを生じ、右議案がそのまま可決されていたかは極めて疑わしく、少なくとも本件表土について調査が行なわれ、今後紛争が生じないように山内重機や染谷元次との間で何らかのとりきめがなされていたはずである。

(3) また、被告田中が、本件表土に関する事項を書類にせず、議会や事務当局に対しても秘匿し、のみならずその後も事態の解決を怠り、被告石塚に対する事務引継の際も全く説明しなかつたという一連の違法行為の結果、金四、〇〇〇万円の公金を二重に支出する事態に陥つたのであり、流山市の金四、〇〇〇万円の損害は被告田中の前記一連の違法行為に起因する。

(4) 被告田中の前記違法行為は、地方自治法一三八条の二に定める誠実管理執行義務に違反し、また同法一五九条、同法施行令一二二条、一二三条の事務引継義務に違反する(因みに同施行令一三二条は事務引継拒否に罰則を規定している)。

(5) 被告田中は本件が問題となり昭和五〇年一二月二〇日市の執行部と話し合いをした直後同月二四日に流山市に対し、特段の理由もなく金五〇〇万円の寄付をなしている。右は本件表土の売買と、これに関連し流山市から山内重機に対し四、〇〇〇万円が支払われることと関連なしには考えられない行為である。

右寄付行為一つをとつてみても被告田中の責任は明らかである。

(6) 以上により、被告田中は流山市に対して金四、〇〇〇万円の損害賠償義務がある。

(二) 被告石塚、同榎本、同岡田の責任

(1) 山内重機が流山市に対して本件表土を買い受けるよう要求してきたことについて、本件表土に関しては後記の通りのさまざまの問題点があつたのであるから、これを解明し、適切な措置をとるべきであるのに、市長である被告石塚は漫然と金四、〇〇〇万円の公金支出を命令するという違法措置に出たから、被告石塚もまた流山市に対して金四、〇〇〇万円の損害賠償義務がある。

また助役である被告榎本は、右支出に関して市長を補佐し、収入役を監督する義務を怠つており、収入役である被告岡田は、市長の違法な支出命令に従つてはならないのに、これに応じて支出を行なつているから、いずれも金四、〇〇〇万円の損害賠償義務がある(なお、議会が金四、〇〇〇万円の公金支出を承認したとしても、市長等執行機関の違法が治癒されるものでないことはいうまでもない)。

(2) まず第一に本件表土の売買については、昭和四七年当時の議会は何ら関知していない。したがつて表土買戻問題に関していえば流山市としては、山内重機に対し本件表土を含めた本件土地の賃借権を主張すべきである。かりに前市長被告田中と地主との間に、表土に関する何らかの口約束があつたとしても、それは前市長が独断でとりきめたにすぎず、被告石塚、同榎本、同岡田(以下「被告石塚ら」という。)としては、それに拘束されることなく、本件表土を含めた賃借権を主張すべきであつた。しかるに被告石塚らは、表土は第三者にすでに売却されており市はこれを買戻さざるをえないという前提に立つて処理したが、これは議会、市民無視の違法な処理方法というべきである。また、かりに山内重機に本件表土の所有権が移転していたとしても、それが搬出されていない以上、表土は土地から未分離の状態であり、したがつて、山内重機は土地賃借人である流山市に対して本件表土の所有権を対抗できないはずである。すでに流山市は、本件土地の引渡しを受けているから、山内重機の不当な要求に耳を貸す必要は全くなかつた。ところが、被告石塚らは一方的に山内重機の主張を容れ公金を支出した。

(3) 次に、染谷元次から京葉住宅、さらには山内重機へと本件表土の売買がなされたとして多数の書類が存在するが、それらの書類を検討すれば、果して、真実売買がなされたか、あるいは代金の支払がなされたか等につき極めて重大な疑いがあるにかかわらず被告石塚らはそれらを全く解明していない。その問題点は左の通りである。

〈1〉 山内重機の主張によれば染谷元次から京葉住宅への売買代金は金一、五〇〇万円であるとのことであるが、昭和四三年一二月一〇日染谷元次作成の京葉住宅に対する土地売渡承諾書(甲第二号証参照)によれば、「表土は無条件で提供するものとし、金銭関係はないものとする。」と記載されている。

〈2〉 昭和四三年一二月一〇日当時の土地所有者は染谷元次ではなく染谷藤七であるにかかわらず、前記土地売渡承諾書の名義は染谷元次とされている。

〈3〉 染谷藤七と京葉住宅間、さらに京葉住宅と山内重機間にいずれも裏契約書(甲第三号証の一、二参照)が存在し、しかも右二通の裏契約書は、文言内容が当事者の表示以外は全く同一であり、また契約書の作成日付が染谷藤七、京葉住宅間の書面においては昭和四六年七月一三日であり、一方この後に契約されたはずの京葉住宅、山内重機間の書面においては、同四六年二月一日となつており、実際の契約日と、かけ離れているのみならず、順序が逆である。

〈4〉 右二通の契約書では表土搬出の時期が定められていない。また右契約書では、内金以外の残金支払時期が表土の「取り始め」時とされていることから、残金が支払われていないことが窺われる。

〈5〉 染谷藤七から、直接の買主でもない山内重機に対して委任状(甲第四号証参照)が出されており、しかもその日付が昭和四七年二月一七日となつているが、同人はすでに同四六年一一月二六日死亡している(甲第五号証参照)し、また右委任状においては表土搬出の時期がいつでもよいとされているなど、本件表土問題には不審な点が枚挙にいとまがない。

〈6〉 被告石塚らは、これらの点を解明したうえでなければ、果たして本件表土の所有権が真実山内重機に移転されているのか不明であるにかかわらず、何ら疑問をもたず漫然と山内重機の要求に応じているのである。

(4) 第三に金四、〇〇〇万円の計数上の根拠が問題である。まず、本件表土は、売却されたというが全く搬出されておらず、土砂の価値としては緊急に搬出する必要がないお荷物的存在であつたにもかかわらず、山内重機は驚くべき高額を要求し(甲第七号証参照)被告石塚らは基本的に右要求を認めている。山内重機は、表土原価そのままを請求し、また高価な支払利息や見込利益を請求し、さらに裏契約手数料という趣旨不明の金額をも請求している。そして被告石塚らは、ほとんど調査もせずに基本的に業者の要求に応じており、流山市が山内重機と癒着し、何らかの密約を交わしていたのではないかとさえ疑われる。

被告石塚らは、公金支出をするに当つては、必要最少限度に止めるべき義務があるにかかわらず、右義務をも尽していない。

(5) 第四の問題点は、被告石塚らは山内重機に金四、〇〇〇万円を支出せねばならなくなつた責任がどこにあるかを明確にしないまま支出をしている点である。すなわち流山市は昭和四七年本件賃貸借契約をするに当つて高額の権利金を支出しており改めて金四、〇〇〇万円もの支出を同じ賃借地に関してなすことは、重大な公金の二重支出である。そうであるならば本件のような多額の公金二重支出をする場合にはとくにその原因や、責任を明確にすることが、民主的地方自治行政の本旨からも当然要請される。こうした観点から、被告石塚らは、前市長や地主に対して事情を聴取し、特に前市長の責任を明確にし、損害賠償請求等を含めた是正措置をとることが、最低限必要であるにかかわらず、何らの是正措置をとらず事の真相を究明していない。

(6) ところで、流山市が本件表土を買戻した場合、本件土地並びに本件表土についての権利関係は法律的にみて極めて奇妙かつ不安定な状態におかれることになる。すなわち、流山市が本件表土を買戻せば、流山市の賃借地の上に流山市所有の表土が新たに発生することになる。しかもその表土を搬出もせず、表土の上に学校を建てるのであるという。このような奇妙な法律関係が果してあるだろうか。そればかりではない、一歩踏みこんで考えてみれば、仮に地主から、流山市の賃借権としては搬出後のみであることを主張され、本件表土の搬出を請求されたら流山市はどうするのか、特に賃借期間経過後など深刻な問題となろう。さらに地主が万一第三者に底地を譲渡した場合(流山市と地主との前記賃貸借契約書では市が優先的に買受けることになつているがありえないことではない。)流山市は第三者に対して、表土が市所有であることをどのように主張するのか。そもそも表土が土地と一体となつている以上、土地の新所有者に対し、表土の所有を主張できるはずもないのである。

以上のように本件表土の買受けは法律上極めて奇妙な、しかも不安定な状態におかれていると言わざるを得ず、右の状態を作出した被告石塚らの責任は極めて重い。

(7) 以上のとおり、被告石塚らは、本件表土問題には、さまざまの問題があるにかかわらず、何ら解明しないまま金四、〇〇〇万円の公金を支出しており、これは違法であり、責任は極めて重い。同人らもまた流山市に対して金四、〇〇〇万円の損害賠償責任がある。

4  なお、以上は被告田中と染谷間の賃貸借契約において、表土搬出後の土地であることの合意を前提として論じたものであるが、仮に右合意が無効である場合についていえば、かかる場合本件賃貸借契約は表土搬出のない更地の賃貸借契約となるから、被告石塚らの公金支出は二重払いとなる。結局、この場合には被告田中の責任と被告石塚らの責任とは二律背反の関係にたつ。

5(一)  仮に、昭和五一年二月一四日になされた本件表土買受けのための金四、〇〇〇万円の公金支出が違法でないとしても右金四、〇〇〇万円の公金支出につき、他に不当利得を得ていたり、あるいは、損害賠償責任を負う者がおれば、右公金支出後、流山市は、これらの者に対し、当然金四、〇〇〇万円の、損害賠償請求ないしは不当利得返還請求を行使しなければならない。

(二)  右の点につき、土地所有者である染谷元次、京葉住宅、山内重機はいずれも、流山市の金四、〇〇〇万円の負担において不当利得を得たものであり、また被告田中は既述のとおり金四、〇〇〇万円につき損害賠償責任を負うのであるから、流山市としては右の者に対し、連帯して金四、〇〇〇万円の支払を請求すべきである。

(三)  しかるに、流山市の現執行部である被告石塚らは何ら請求をしていないのであり、この点で、彼らは地方自治法二四二条の二第一項三号の懈怠責任を負う。

6  監査請求手続の経由

原告らは、昭和五一年五月一九日、流山市監査委員に対し、本件表土買戻問題で同市の蒙つた前記金四、〇〇〇万円の損害を補填するため必要な措置を講ずべきことを請求したが、同年七月一七日同監査委員から、右請求は理由がない旨の通知を受けた。

7  結論

よつて、原告らは、第一次的に地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、流山市に代位して、被告らに対して金四、〇〇〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和五一年八月二六日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求め、第二次的に同条第一項三号に基づき、被告石塚らに対して請求の趣旨第二項掲記の怠る事実の違法確認を求める。

二  被告ら

(本案前の主張)

1 (主位的請求中、被告岡田部分について)

原告らの本件訴は、地方自治法二四二条の二第一項四号にもとづき、被告ら四名に対して損害賠償請求をするものであるが、同条一項によると、この訴を提起するためには、同法二四二条による住民監査請求をしたあとでなければならないことが明らかである。そして同条一項が、「地方公共団体の長」「又は」「職員について、違法若しくは不当な公金の支出」「があると認めるとき」といつているところからすると、この監査請求は個々の「長」または「職員」の具体的行為を対象とするものだから、訴の相手方もこの監査を経た「長」または「職員」でなければならない。とりわけ、行為の差止めを求めたり、損害賠償請求をする場合には、「長」または「職員」の個性が重要視され、これらの場合には、右の点が明瞭に浮彫りされてくる。

ところで、原告らの監査請求は、被告岡田についてはなされなかつた。したがつて同被告に対する訴は、不適法であり、却下されるべきである(大阪地判昭和五四年二月二八日判時九三〇号六三頁参照)。

2 (予備的請求について)

(一) 原告らの予備的請求は、違法の確認を求める対象が明らかではない。すなわち、まず原告らが行使を怠つているという請求権の主体は誰であるか。おそらく流山市であろうが、そうだとすると怠つているものは誰か。被告石塚は市長であるから、もし流山市に請求権があればその代表者として請求手続をすることとなるものであるという点で、これを怠る主体と考えることはわからないわけでもないが、同榎本、同岡田がなぜ怠ることとなるのか明らかでない。

次に、請求の相手方は誰か。また請求権の内容はなにか。不明であるから結局怠つているのかどうか、また仮に怠つていたとしてもそれが違法かどうか判断のしようがない。

(二) 仮に、原告ら主張の請求権があるのであれば、原告らは、流山市に代位してその相手方に対して訴えを提起すればよく、またそれが問題の直截的な解決を得る方法であつて、違法確認を求めることはその利益を欠くものである。

もつとも、右の請求権の代位行使をするについては、監査請求を経る必要があり、監査請求の期間は徒過しているから、右請求権があつたとしても、原告らは、もはやその代位行使をすることはできない。

(三) なお、予備的請求の部分(請求の趣旨第二項の違法確認)については、監査請求を経ていないので、この点においても却下を免かれない。

(請求の原因に対する認否)

1 請求の原因1の事実は、いずれも認める。

2(一) 同2(一)の事実は認める。

(二) 同2(二)の事実は認める。ただし、被告田中は、本件賃貸借契約当時、本件表土の搬出時期については知らなかつたものである。

(三) 同2(三)の事実のうち、被告田中が原告ら主張の議会に、原告ら主張の債務負担に関する議案を提出し、その際議会に対して本件表土に関する事項を説明しなかつたこと、議会が右議案を可決し、財団法人流山市開発協会から地主に対する権利金七、二五六万余円が支払われ、流山市が同協会に対して三ケ年分割払いとする債務負担をしたことは認めるが、議会が原告ら主張の前提で議案の可決をしたことは不知。その余の事実は否認する。

(四) 同2(四)の事実は認める。

(五) 同2(五)の事実は認める。

(六) 同2(六)の事実のうち、山内重機が流山市に対して原告ら主張の買受要求をしたこと、同市が山内重機から本件表土を金四、〇〇〇万円で買受けることとし、被告石塚が昭和五〇年一二月、議会に対して原告ら主張の議案を提出し、議会では反対の意見もあつたが賛成多数で同議案は可決されたことは認めるが、その余は否認する。山内重機の買受申入れは昭和五〇年一一月のことである。

(七) 同2(七)の事実のうち、流山市が昭和五一年二月一四日までに本件表土を買い受けるために金四、〇〇〇万円を山内重機に支払つたことは認めるが、その余は否認する。なお、山内重機は右金四、〇〇〇万円のうちから金五〇〇万円を流山市に寄付しているから、流山市の支出は実質金三、五〇〇万円である。

3(一)(1) 同3(一)(1)の事実のうち、議会が原告ら主張の債務負担行為の可決をするにあたり、本件表土を含む本件土地を賃借することを前提としたことは不知。その余の事実は認める。

(2) 同3(一)(2)ないし(4)は争う。

(3) 同3(一)(5)の事実のうち、被告田中が、昭和五〇年一二月二四日、金五〇〇万円を流山市に寄付したことは認め、その余は争う。右寄付は被告田中の退職慰労金一、二〇〇万円の中からしたものであり、同被告としては、市の財政が豊かでないことを十分知つており、他方長年勤務させてもらつた市に対して何か尽したい気持もあつて寄付したものである。

(4) 同3(一)(6)は争う。

(二)(1) 同3(二)(1)は争う。

(2) 同3(二)(2)の事実のうち、本件表土の売買について昭和四七年当時の議会が関知していないこと、山内重機が本件表土の所有権を主張してきた当時流山市が本件土地の引渡を受けていたことは認めるが、その余は争う。

(3) 同3(二)(3)冒頭の事実のうち、染谷元次から京葉住宅、山内重機へと本件表土の売買がなされたとして、これに関する書類が存することは認めるが、その余は争う。

〈1〉 同3(二)(3)〈1〉の事実は認める。

〈2〉 同3(二)〈2〉の事実は認める。

〈3〉 同3(二)〈3〉の事実のうち、原告ら主張の契約書(甲第三号証の一、二)があり、その作成日付が原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。

〈4〉 同3(二)(3)〈4〉の事実のうち、契約書では表土搬出の時期が定められておらず、また残代金の支払時期が表土の取り始め時とされていることは認めるが、その余は争う。

〈5〉 同3(二)(3)〈5〉の事実のうち、原告ら主張の染谷藤七名義の委任状が出され、その日付が同人死亡後の昭和四七年二月一七日となつていること、該委任状においては表土搬出の時期がいつでもよいとされていることは認めるが、その余は争う。

〈6〉 同3(二)(3)〈6〉は争う。

(4) 同3(二)(4)の事実のうち、本件表土が搬出されていないこと、山内重機が原告ら主張の名目による金員を要求したことは認めるが、その余は争う。

(5) 同3(二)(5)ないし(7)は争う。

4 同4は争う。

5 同5は争う。

6 同6の事実は認める。

7 同7は争う。

(被告らの主張)

1 被告田中の責任について

(一) 被告田中と公金の支出について

被告田中は、昭和五〇年五月五日に流山市長を退任しており、本件金四、〇〇〇万円の公金支出はその後である同五一年二月一四日になされたものであるから、被告田中は公金を支出したことにはならない。

(二) 被告田中の行為の違法性なきことについて

(1) 本件賃貸借契約締結の経緯

〈1〉 流山市の人口増加と小学校用地の確保

流山市の世帯数および人口の増加は、同市が市制を施行した昭和四二年前後から急激に著しく、本件土地の近くにある新川小学校の児童数も急増し、これに加えてこのころから小田急不動産が本件土地附近一帯を宅地造成するという計画が取沙汰され、市当局が学校用地を確保するということは急務とされた。そのころ既に市長の被告田中またはその意を受けた大作春一と地主の染谷藤七との間では、本件土地を学校用地とすることについて、非公式ながら諒解ができていた。

〈2〉 本件土地付近の宅地造成

その後、本件土地付近の宅地造成は高崎製紙株式会社(以下「高崎製紙」という。)が行なうこととなつた。同社の開発行為は、都市計画法二九条によつて昭和四八年三月二三日千葉県知事に対して許可申請がなされたが、同社はこれより先の昭和四六年六月一〇日ころ、同法施行令二三条によつて流山市に事前協議の申請を行なつた。その際示された計画によれば、本件土地付近は田圃が多いため造成のためには付近の丘陵や山を削り埋立を行なう必要があること、本件土地も丘陵地であるのでその表土を削つて埋立に利用し、表土を削りとつた本件土地は学校用地として利用する、という内容であつた。染谷藤七は、本件土地付近にかなりの土地を所有していたため、宅地造成に先立つて本件土地付近の土地を京葉住宅に売却した。京葉住宅では本件土地の売却方も申し入れたが染谷藤七に拒絶されたので、造成に必要な本件表土のみを買い入れることとし、本件表土の売買契約が成立した。

〈3〉 本件土地の賃貸借契約

右のような宅地造成計画に伴なう人口増から、流山市としては本件土地付近に最低五、〇〇〇坪を必要とする小学校設置を迫られることとなつた。そこで被告田中は本件土地を学校用地とするため、染谷藤七に対しその売却方を申し入れたが、染谷藤七は本件表土を他に売却済であることを理由に本件土地の売却を拒絶した。その当時は土地の値上りが著しく、五、〇〇〇坪を必要とする学校用地を確保することは困難な状況にあつたため、被告田中は本件土地を賃借りして学校用地とすることとし、右賃借方を申し入れ、染谷藤七の承諾を、同人の死亡する昭和四六年一一月二六日より四、五日前に得た。

〈4〉 被告田中の本件表土に関する認識

本件賃貸借契約当時、被告田中は、本件表土が他に売却されていること、その表土は高崎製紙の開発行為により本件土地付近の造成に使用されることは聞いていたが、その量、売却の時期などについてはとくに聞くことなく、知らないままであつた。ところで、本件土地は山林であるから小学校設置に際しては莫大の費用を要する造成工事を必要としたが、被告田中は、本件表土が付近の宅地造成に利用されるならば表土が取り除かれて小学校用地は出来上ると考えていたものであり、本件賃貸借契約の対象は、あくまで本件表土を除去したあとの土地と認識し、染谷藤七も同様であつた。

〈5〉 高崎製紙の開発行為計画の進行

高崎製紙の開発行為は着々と進行し、昭和四七年五月には、流山市との間で、道路、水利、公共施設等の設置をめぐる開発に関する協議を遂げ、その他同社からの法令にもとづく諸手続を経て、同四九年二月一二日開発行為につき千葉県知事による許可がなされた。そして同社と流山市とは、同日公共負担金に関する審議書を取り交わし、同社は流山市が本件土地賃借りについて支弁した権利金の半額金三、六二八万円を支払う旨約束した。

(2) 被告田中が本件賃貸借契約書において本件表土に関する条項を設けなかつたことについて

前記(1)のとおり、本件賃貸借契約締結当時の状況からみて、後に表土に関する事項が問題となることは全く予見することができない状態であつたから、本件表土に関する事項を契約書に記載しなかつたからといつて市長として誠実に事務を執行しなかつたことにはならない。

(3) 被告田中が表土に関する事項を議会や事務当局に報告しなかつたことについて

被告田中が、本件表土に関して議会や事務当局に報告しなかつたのは、前記(1)の状況からその必要がなかつたからである。そもそも地方自治法九六条一項七号、同法施行令一二一条の二第二項によると、賃貸借契約は議会の議決事項ではない。流山市の「議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例」(昭和三九年三月三〇日条例一二号)三条も、右法条による財産の取得又は処分につき、「予定価格二、〇〇〇万円以上の不動産又は動産の買入れ又は売払」とするにとどまり、条例によつて原告らのいわれるような「賃貸借に基づく財産取得」を議決事項とする旨の定め(地方自治法九六条二項参照)をしてもいないのである。

したがつて被告田中が表土に関する事項を議会に報告しなかつたことをもつて違法ということはできない。債務負担行為について議決を要することはいうまでもないが、この点については、債務負担の内容が小学校用地の賃借りであることを示せば足り、表土の点に立ち入る要はないから、その議案を提出するにあたつて、表土の点に触れなかつたことをもつて違法ということもできない。

(4) 被告田中が流山市長の事務引継の際、被告石塚に対して表土に関する事項の引継をしなかつた点について

地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和三一年六月三〇日法律一六二号)二三条二号によると、教育財産の管理は教育委員会がこれを行なうこととされているから、本件土地の管理の事項に属する表土の問題は、市長の事務に属しないものというべきである。したがつてその事務引継ぎをしなかつたことをもつて、違法ということはできない。

(三) 因果関係について

仮に、被告田中が本件賃貸借契約書に表土の条項を入れなかつたことなどの不作為が違法視されるとしても、被告田中の右不作為と本件金四、〇〇〇万円の支出との間に相当因果関係があるとはいえない。

(1) まず、原告らは被告田中が右条項を設け、または議会で表土に関する事項を説明していれば、本件公金支出には至らなかつた旨主張するが、被告田中の表土の事項記入または説明があれば、「右議案がそのまま可決され」ることなく、流山市が本件土地を賃借りしないままで終つてしまつたこと、または流山市と山内重機もしくは染谷元次との間で紛争予防のための合意がなされたこと、したがつてこれらによつて、同市が本件金四、〇〇〇万円を支出することはありえなかつたこと等を断言できるわけではない。

(2) 次に、本件表土が問題として浮んできたのは、高崎製紙が開発行為を中止してきたためであつた。すなわち、同社は昭和四九年二月一二日開発について千葉県知事の許可まで受けたのに、本件土地付近の所有地を上水道浄水場設置のため北千葉広域水道企業団(以下「水道企業団」という。)に売却することとし、同年六月一八日開発行為に関する工事を廃止する旨同知事に届出をした。もしこの開発行為がそのまま施行されていれば、本件表土はこれに利用されたから、被告田中の前記不作為とは関係なく、表土の問題は起りえなかつたものである。

被告田中が、前記賃貸借契約時または事務引継時本件表土の事項を明らかにしておいたとしても、右のようなその背景となる事情の著しい変更がある以上、それが問題とならないで済んだとはいえないのである。

(3) 仮にそうでないとしても、本件金四、〇〇〇万円の支出行為は、後記のとおり、本件土地に新設の高等学校仮校舎を建築しなければならなくなり、そのためになされたものということができるのであり、被告田中が表土の点を明らかにしておいたとしても、高校新設のための本件土地利用が必然であつた以上、金四、〇〇〇万円の支出はやむをえなかつたものである。従つて、被告田中の前記不作為と右金四、〇〇〇万円の支出との間には相当因果関係があるとはいえない。

2 被告石塚らの責任について

(一) 被告榎本と公金の支出について

被告榎本は助役であつて公金支出について独立の権限をもつていたものではないから、同人が「違法な支出」をしたことを前提とする原告らの主張は失当である。

(二) 被告岡田と公金支出について

被告岡田は収入役であるから、「支出」について独立の権限(審査権)を有する(地方自治法二三二条の四第二項)が、後記の通り被告石塚の支出命令が違法でない以上、審査権の不行使(審査義務違背)があつたとはいえない。

(三) 被告石塚の行為の違法性なきことについて

(1) 高校建築用地の確保

〈1〉 流山市の人口が増加して進学率も高くなつたが、同市には昭和四四年に開校した実業高校(現在千葉県立流山高等学校)一校しかなく、とくに普通高校へ進学希望の者は県外または近隣都市の公私立高校に進学せざるをえない状態であつた。このため、早くから流山市内に普通高校新設の要望が強かつた。

〈2〉 一方、高崎製紙が宅地造成を計画していた土地は、千葉県がバツクアツプし水道企業団によつて浄水場とされることとなり、その見返りとして、昭和四九年七月ころ千葉県は流山市に普通高校を設置し、昭和五一年四月開校することとした。

しかしその決定のころには、まだ新設校の予算の裏付けがなかつたばかりでなく、設置の場所も決つておらず、流山市からの陳情によつて、昭和五〇年七月ころその場所が前記造成計画地の一部である同市大畔二七五番地の二と決まり、同年九月の補正予算で開校の予算が計上せられるに至つた。

〈3〉 右の決定や予算の計上と相前後して、千葉県は開校を仮設校舎ですることを決め、流山市に右設置場所以外の仮設校舎敷地を探すよう依頼してきた。そこで同市では、既設の実業高校内などを挙げ、種々検討した結果、同年九月ころ本件土地に仮設校舎を建築することが内定し、同年一一月二八日千葉県教育委員会教育長と流山市長との間で本件土地を右敷地として使用することの合意が成立した。

〈4〉 ちなみに、流山市としては本件土地に小学校を建築する計画であることにはかわりはなく、現在では、本件土地の一部に新設の流山中央高等学校仮設校舎があり、他の部分に、小学校校舎の建築工事が進められている。

(2) 表土問題の発端とその調査

〈1〉 被告榎本は、前記高校用地に関連して水道企業団と交渉中の昭和五〇年七月二五日ころ、同企業団関係者から、本件表土が他に売却されているとの話を聞き、はじめて本件土地に表土問題のあることを知つた。

〈2〉 そこで被告石塚は、職員に命じて本件表土問題の調査を命じた。職員は表土の売買契約当事者全員から事情を聴取し、書類の写しの交付を受けた。その結果、本件表土は染谷藤七から京葉住宅へ、ついで山内重機へと売却されていたことが判明した。但し、染谷・京葉住宅間の契約書(甲第三号証の一参照)は後に作成されたものであり、土地売渡承諾書(甲第二号証参照)に、表土を無条件に提供するものと記載されているのは、対税上の措置である。そして代金は金一、五〇〇万円であつたが、うち金二〇〇万円は現金で、またうち金一、二〇〇万円は手形で授受され、残金は未払のままとなつている。

もつとも、表土代金は契約書(甲第三号証の一)三条では、契約締結の日金二〇〇万円、表土取始め時一、三〇〇万円を支払うとなつているのに、右代金はいまだ表土の搬出が始まらないうちに支払われたが、これは、染谷藤七が病気で入院し、昭和四六年一一月二六日死亡したため、相続人染谷元次が治療費、相続税を支弁するため、とくに早期支払を求めた結果によるものである。

次に、京葉住宅・山内重機間の契約においては、代金は金一、七〇〇万円であり、山内重機は昭和四六年二月一日金三〇〇万円、同年七月一三日金二〇〇万円、翌四七年一月三一日金一、二〇〇万円を支払つた。この場合も表土の搬出は開始されていないが、京葉住宅が染谷から早期に支払うよう要求されたため、山内重機も表土搬出前にその支払いをしたものであつた。なお山内重機は右支払いに先立つて、京葉住宅を通じて染谷に代金を支払うという念書(乙第二六号証参照)と、表土搬出をいつ行なつてもよい旨の染谷の承諾を表明した委任状(甲第四号証参照)を取り交した。

(3) 表土搬出についての問題点

右の通り、山内重機が本件表土を買い受けていることが判明したため、流山市は山内重機との折衝を始めた。山内重機は、本件表土を水道企業団の事業に利用するか、他の事業地へ搬出することを強く希望した。同社としては、所期の利益を挙げたいし、当時他にこの種の土が得がたくなつており、遠くから運んでくることになるとそれだけ割高となるからでもあつた。そして山内重機としては、要求が容れられなければ、訴訟提起も辞さない構えであつた。

しかし、搬出することになれば五か月の月日を要し、またそれに伴なう交通公害のため住民の反対も予想され、かつ法令上の規制も厳しかつたから、搬出による事態の収拾は不可能であつた。

他方、流山市としては、普通高校の開校が急務であつて一歩も退くことはできなかつた。

なお、本件表土に関する問題が生じたころ、地主染谷元次は、もし問題が紛糾するのであれば、流山市との賃貸借契約を解約してもよいと申入れてきた。

(4) 本件表土をめぐる法律関係

流山市は、本件土地賃貸借契約締結当時、その引渡を受けたが、右をもつて山内重機が本件表土に関する権利を主張しえないとはいえない関係にあつた。以下詳述する。

〈1〉 まず、本件賃貸借契約は、本件表土を除外した部分についてなされている。この契約の目的物は不動産ではあるが、民法上は、不動産を目的とする賃貸借契約は物権とはされておらず、債権である。流山市は染谷に目的物の引渡請求権を有し、目的物を使用させるよう請求することができるのにとどまる。しかもその目的物は、表土を除いた部分に限る。本件表土についてはそのような請求権はもたない。本件表土は独立した権利の客体といえないかも知れないがこの部分を除いた部分の賃貸借契約をすることはかまわない。一筆の土地の表面の一部または一筆の家屋の一部を借りたりするのとかわりない。賃借人は借りない部分まで借りたということはできまい。流山市は本件表土について、染谷に対してなんらの権利主張をすることはできなかつた。

〈2〉 染谷に対して主張できない権利は、山内重機に対しても主張することはできない。不動産を目的とする賃借権が物権化したといわれるが、本件では妥当しない。

まず、流山市の主張できる権利と山内重機の主張できるそれとは目的物を異にする。対抗力は同一目的物をめぐる権利の優劣を決めるものである。流山市が主張できる権利の目的物は、表土を除いた部分であり、山内重機が主張できるそれは、表土部分である。したがつて、本件で対抗力の問題は最初からなかつたのである。

次に、不動産賃借権の物権化とは、特別法の明文によつてその対抗力が規定される分野が次第に広くなりつつあることをいうのであつて、明文のないものにまで物権と同じような効力を認めることをいうのではない。現在、一般的に、不動産賃借権につき、占有の取得をもつて対抗力を付与するという法理はなく、判例、学説もない。明文の規定がないことはいうまでもない。もつとも表土というものは、それが採取せられるまでは土地と一体をなし、権利者が採取したときに(あるいは立木にならつて明認方法を講じたときに)はじめて独立した権利として第三者にも対抗しうることになるかも知れない。したがつて山内重機の表土に対する所有権は流山市に対抗できなかつたかも知れない。しかし同時に流山市も本件土地につき賃借権を登記しているわけではないから、これをもつて山内重機に対抗することはできなかつたものである。

(5) 利益衡量

〈1〉 そこで本件表土問題の解決にあたつて種々検討を行なつた。その第一はコストの問題である。本件表土を搬出し、そのあとを学校用地として整備した場合には合計金五、六〇〇万円を必要とする。

これに反して表土をとらずにそのままの状態で学校を建築する場合には、単にこれを地ならしすればよいので、金一、九〇〇万円程度で済むと考えられた(本件表土取得にかかる費用を除く)。

〈2〉 被告石塚らは、右に加えて、学校が高台にあることは、教育環境という点からむしろ望ましいことであるので、あえて表土を削りとることもあるまいと考えた。

〈3〉 他方、山内重機は、表土の搬出によつて所期の利益を得ることができないのであれば、本件土地の整地工事を担当することにより、その収益で右の損失を多少カバーすることができると考え、右工事担当を条件として、表土の売却を承諾する旨を流山市に申し入れた。

(6) 表土の価格

〈1〉 売買の対象となつていた表土は、本件土地の周囲の田圃面から二メートル以上の部分であり、流山市の計量により一一万一、四一〇立方メートルであつた。

〈2〉 その価格について、山内重機は当初、搬出売却による得べかりし利益の喪失として金八、〇〇〇万円の要求をした。しかし、流山市ではそのような価格での買入れは出来ないとし、根拠となる数字を書面にするように依頼した結果、山内重機は合計額が金六、二二五万円となるメモ書き(甲第七号証参照)を持参したが、その内容は必ずしも明確な根拠にもとづくものではなく、辻褄を合わせるための数字も盛り込まれていた。

〈3〉 これに対して、市当局は土砂の市価を調査したうえ、結局一立方メートル当り金三〇〇円(合計金約三、三四〇万円)の案を提示したが、山内重機は一立方メートル当り金四五〇円(合計約五、〇〇〇万円)に譲歩するにとどまつた。

〈4〉 右のような折衝の末、結局金三、五〇〇万円で売買すること、但し形式上は金四、〇〇〇万円の売買契約とし、うち金五〇〇万円を山内重機から流山市に寄付する、という内容で合意をみるに至つた。

(7) 本件表土取得後の法律関係

流山市は、昭和五一年六月一一日、本件土地の賃貸人染谷元次との間で本件賃貸借契約の目的物が本件表土を除外した部分であることを確認し、同年同月二二日、本件表土が流山市の所有に属し、賃貸借契約終了のときは同市がこれを収取するか、染谷元次の希望によつて同人が買取ることができる等の合意をしたから、本件土地および表土の権利関係は明確となり問題の残る余地はない。

(8) まとめ

以上のとおり、本件の公金支出はやむをえないものであつたし、仮に被告石塚に過失があつたとしても、高校建築のための緊急避難的要請のもとで行なわれたものであるから、違法性が阻却される。

(四) 本件公金支出と議会の議決

本件支出に関する債務負担行為について流山市議会の議決を経るにあたり、本件表土に関する問題点はすべて持ち出され、討論し尽されている。市会議員が市民を代表し、市議会が市民の意思を決定するものであること、そして市長はその執行機関として、市民の意思を具体的に実現するものであることはいうをまたない。

被告石塚の金四、〇〇〇万円の支出は、流山市民の意思の実現であり、または少なくとも流山市民によつて公認せられた行為である。この点からいつても、右支出行為に違法性はない。

三  被告らの主張に対する認否並びに反論

1(一)  被告ら主張1(一)は争う。被告田中の任務懈怠行為と金四、〇〇〇万円の違法支出との間に因果関係があれば、当然に被告田中は責任を負う。

(二)(1)〈1〉 同1(二)(1)〈1〉の事実は不知。

〈2〉 同1(二)(1)〈2〉の事実は不知。

〈3〉 同1(二)(1)〈3〉の事実は不知。

〈4〉 同1(二)(1)〈4〉の事実は不知。表土なきあとの造成工事に多大の費用がかかるにもかかわらず、被告田中がこの点の検討もせず、安易に表土なしの土地の賃借を考えたことは怠慢な行政姿勢というべきである。

〈5〉 同1(二)(1)〈5〉の事実は不知。

(2) 同1(二)(2)は争う。土地賃貸借契約当時は、高崎製紙の開発許可の申請すらなかつたのだから、果して許可になるかどうかも不明であるし、また、仮に許可になつたとしても、表土の搬出時期がいつ頃になるのかも全く不明の状態であり、したがつて、いつから、本件土地が使用可能になるのかも全く見通しが立たないのである。それゆえ、表土を除外した賃貸借契約を締結すること自体問題であり、それでも、契約するというのであれば後で問題が起こらないように、高崎製紙や、表土所有者をも関係人に入れ、書面で、表土について多数当事者間の契約をなしておき、そのうえで議会に報告し、議会の判断をあおぐことが、市長としてなすべき当然の義務である。

(3) 同1(二)(3)は争う。被告は法文や条例の文言を極めて形式的に解釈しているが、議会の議決を必要とする点では、不動産(特に土地)の売買と賃貸借を分けて考える合理的理由は全くない。又、被告田中が真に流山市の人口増加と教育施設の充実を考えていたのなら学校用地の賃借に関する財産取得について使用可能となる時期および財産の態様につき、ありのまま議会に報告する態度があつてしかるべきである。

(4) 同1(二)(4)は争う。被告は、「本件土地の管理は教育委員会がこれを行うことと」としているが、被告田中は同委員会に表土の件を全く報告していない。尚当時の流山市の教育長は被告岡田であるが、同人を含め、被告田中以外の人間は昭和五〇年山内重機よりの表土買取請求があるまで表土については全く知らされていなかつたのである。

(三)  同1(三)はすべて争う。被告田中は昭和五〇年五月六日まで流山市長の職にあつた。高崎製紙は水道企業団に対し昭和四九年三月二六日に同社が所有した開発許可用地一切を譲渡し同年六月一八日工事廃止届を流山市及び県へ提出した(乙第九号証参照)。少なくともこの時期をもつて本件表土は高崎製紙が利用する可能性はなくなつた。しかるに被告田中は在職中の昭和四九年三月二六日以降昭和五〇年五月六日まで約一年二ケ月の間表土搬出に関する何らの対応策を全くしていない。被告田中が「全く予見することが出来ない」ほど確信していたのであれば同年三月の時点では「全くの見通し誤り」なのであるから、すみやかに対応策をとるべきである。時間は充分あつた。そうすれば市は金四、〇〇〇万円の支払はせずにすんだであろう。かかる対策をとらない怠慢さが公金四、〇〇〇万円の支払の原因である。

2(一)  同2(一)は争う。被告榎本は助役として市長を補佐すべき職責があるのに本件金四、〇〇〇万円の違法支出につき、少くとも過失によつてその職責を尽していない。むしろ、後述するように、右違法支出につき、市議会において積極的に支出の止むなきことを論じ、議会を誤つた議決に誘導しており、その責任は重い。

(二)  同2(二)は争う。

(三)(1)  同2(三)(1)の事実は不知。高校新設と本件公金支出とは無関係である。

(2)〈1〉  同2(三)(2)〈1〉は争う。

〈2〉  同2(三)(2)〈2〉は争う。

(3)  同2(三)(3)は争う。流山市では最近東深井地区の民間宅地造成に関し、住民からダンプ公害反対運動が起り、強い反対があつたにも拘らず、市当局は土砂の搬入に許可を与えている。地域住民の反対が現実化しないのに市がこれを予想して事前に表土の搬出を止めたなどというのは後からとつてつけた云訳にすぎない。なお、地主染谷からの解約申入れの事実は否認する。

(4)  同2(三)(4)は争う。

(5)  同2(三)(5)はいずれも争う。

(6)  同2(三)(6)はいずれも争う。価格が適正であるとする根拠は薄弱である。

(7)  同2(三)(7)の事実は不知。

(8)  同2(三)(8)は争う。被告らは高校仮設校舎建築の緊急性を主張するが、昭和四九年七月の時点で、すでに昭和五一年四月開校が予定されていたのであるから、被告田中は、その時点ですでに同五一年四月開校に間に合うような高校建築予定地を確保すべきであつたのに、それを全くせず漫然と時を経過させた。また、同五〇年五月に被告石塚らがその地位に就任した後も、直ちに土地確保に乗り出せば十分間に合つたのみならず、また他に土地がなくても、高校予定地とした浄水場用地の造成にすみやかにとりかかつていれば、本件土地に急いで仮設校舎を建てる必要性もなかつたのである。さらに、右造成に時間がかかるのであれば、開校を一年遅らせる方法も可能であつた。このように被告らが主張する高校仮設校舎建築の緊急性は、被告らによつて惹起されたものであるから、右をもつて本件公金支出の違法性阻却ということはできない。

さらに、仮に緊急性があつたとしても、表土搬出が不可能な場合には表土売主の責任が生ずるだけで表土契約当事者間で解決すべき問題であつたし、また地主は流山市に対して表土搬出義務があるのだから、表土搬出は本来、山内重機、京葉住宅、染谷の三者間で解決すべき問題であつた。従つて流山市としては、山内重機から本件表土買取りの要請があつた段階で、右の理を説明し、右三者間での解決の労をとれば足りるのに、被告石塚らは右のごとき処理を全く怠り、漫然と流山市が直接買取る方向でのみ交渉を進めたものであるから、(補充性の要件を欠き)緊急避難ということはできない。

(四)  同2(四)は争う。本件表土に関する流山市議会における、被告田中、同榎本、同岡田らの態度と、審議状況は次のごときものであつた。すなわち、昭和五〇年一二月議会において、当初、被告らは、本件土地に高校の仮設校舎を急いで建築する必要性を強調し、本件表土を買い戻したい旨を提案してきたのであるが、その際、以前に多額の権利金を支払い本件土地を賃借したにもかかわらず、何故に、再び金四、〇〇〇万円の公金を支出せねばならないか、その責任はどこにあるのかの点については全く触れてこなかつたのである。たとえば、被告田中と地主との契約の中で、本件表土は除外する旨の了解があつたのか否かについても全く明らかにせず、また、当時の賃貸借契約書や、表土売買を証する書面等も全く提出せず、いわば、くさいものにフタをしたままで、議案を通そうとする姿勢が露骨であつたのである。しかるに、心ある議員によつて、これらの点の追及を受け、被告らは、はじめて関係書類を提出し、また、本件土地を賃貸借した当時、被告田中と地主との間で、本件表土は除外する旨の口頭による了解があつたらしいことを答弁してきたのである。しかも、提出された書類には、極めて多くの疑問点があり、これらの疑問点に答えられず、そのために、被告らの欺瞞的提案が暴露され、本会議では収拾がつかない状態に陥つたのである。そのため、各党代表者会議が開かれたのであるが、その際、被告らは急拠流山市の顧問弁護士を呼び、多数の議員の面前で、前市長と地主との間で、本件土地の賃貸借の際に表土を除外する旨の口頭による了解があつたとすれば、それは有効であるとの言質をとり、右発言を強調し、本件表土買い戻しの正当化を謀つたのである。また、その直後に開かれた総務委員会において、被告榎本は、地主から「賃貸借契約を解除してもよいような申し出をも受けている」旨の発言をし、学校建設が不可能になるやも知れないとして議員を動揺させ、正しい議会審議を阻害したのである。こうした被告らの言動のために、一部議員は動揺し、何ら責任の所在をも明確にしないまま、賛成多数で可決されたのである(各党会派の、可決にあたつての談話にも動揺の様子が窺える)。したがつて、本件表土に関する問題点がすべて持ち出され、討論し尽されたとは到底いえない。また、たとえ議会が被告らの提案に同調したとしても、それらに非がある場合に、その責任を明確化し、その是正を求めるための補完作用をなすものが住民訴訟なのであり、責任の所在も明確化されないままなされた議会の議決を強調することは許されない。

四  (被告ら) 原告らの反論はすべて争う。

第三証拠〈省略〉

理由

第一主位的請求について

一  請求の原因1(一)(二)の事実は当事者間に争いがない。

二  被告岡田に対する訴の適否について

1  原告らが昭和五一年五月一九日、流山市監査委員に対し、本件表土買取問題との関連で同市の蒙つた金四、〇〇〇万円の損害を填補するため必要な措置を講ずべきことを請求したが、同年七月一七日同監査委員から、右請求は理由がない旨の通知を受けたことは当事者間に争いがない。そして成立に争いのない甲第九号証によれば、監査請求の要旨として「昭和五二年一二月議会において可決された議案第四号に基づく仮称西初石小学校用地表土買いもどしのための市財政四千万円の支出は、左記の疑問点と理由に不当なものと認められるので住民監査の請求をします。また、この行為によつてもたらされた市民の損害を回復するために、その行為の是正を求めます。」と記載され、また成立に争いのない甲第一〇号証によれば、監査請求の趣旨として「表記(昭和五〇年一二月議会第四号議案に基づく財産取得のための支出―仮称西初石小学校用地表土問題―)の支出は、違法かつ不当な公金の二重支出であり、これにより市は四、〇〇〇万円の損害を蒙つた。右損害は現市長石塚健、前市長田中芳夫、現助役榎本清次郎等の任務違背行為によりもたらされたものであるから、右の者らに対し損害賠償請求をなすか、又はこれに代る何らかの是正措置を講ずることを求める。」と記載されているにとどまり、被告岡田を監査請求の対象として同請求の趣旨に掲げていないうえ、右請求書の「請求の理由」中にも同人の責任については何ら触れられていないことが認められる。

また成立に争いのない甲第一二号証によれば監査委員の監査結果においても、被告岡田の責任に関連する事項について述べられていないことが認められる。

2  そこで、監査請求の対象としなかつた者を、住民訴訟の段階で被告として訴えることの適否について検討する。

地方自治法二四二条の二によれば、住民訴訟の対象となるのは同法二四二条一項の請求に係る違法な行為又は違法な怠る事実である。右は監査請求において対象としていなかつた行為又は怠る事実を新たに訴訟の段階で請求の対象とすることを認めないとする趣旨であるが、住民訴訟の制度が監査結果自体の当否を争うものではなく、違法な財務会計上の行為ないし怠る事実の是正とそれによる損害の防止・回復をはかることにその制度趣旨があるから、監査請求の対象と住民訴訟の対象とは必ずしも完全に一致する必要はなく、その対象事項に事件の同一性があれば足りるといえよう。そして、事件の同一性があるというためには、物の同一性と人の同一性を要するというべきである。これを本件についていえば、金四、〇〇〇万円の公金支出に関する損害賠償という点では一応共通しているといえるが、被告岡田については、収入役の地位にあつて、流山市の会計事務をつかさどり、他の被告らが市長または助役として流山市を統轄・代表しまたはこれを補佐する地位にあるものとは、異なる職責を有するものであり、本件金四、〇〇〇万円の公金支出に関する関係においても、その負担すべき職務内容も市長の命令にもとづいて支出する場合において当該支出負担が法令予算に違反しないこと、当該債務負担行為に係る債務の確定の確認等であつて、その職責が著しく相違しているところ、監査請求においてはかかる事由については全く対象となつていないことに鑑みると、被告岡田について監査請求があつたものと認めることはできない。よつて、被告岡田に対する本件訴は、監査請求前置の要件を欠くので不適法として却下せざるをえない。

主位的請求についての同被告の本案前の抗弁は理由がある。

三  金四、〇〇〇万円の公金支出の経緯について

1(一)  請求の原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  同2(二)の事実のうち、被告田中が本件賃貸借契約締結当時、本件表土の搬出時期について知らなかつたことは被告田中芳夫本人尋問の結果により認められ、その余の事実については当事者間に争いがない。

(三)  同2(三)の事実のうち、被告田中が昭和四七年九月、議会の同意を得るため、議会に対して本件賃貸借契約に基づく財産取得に伴う原告ら主張の内容の債務負担行為に関する議案を提出したこと、その際議会に対して本件表土に関する事項を説明しなかつたこと、議会が右議案を可決し右議決に基づき財団法人流山市開発協会から地主に対する権利金七、二五六万余円が支払われ、流山市が同協会に対して三ケ年分割払いとする債務負担行為が設定されたことは当事者間に争いがない。(なお、原告らは本件賃貸借契約に基づく財産取得に関する議案が提出可決された旨をいうが、これを認めるに足りる証拠はない。もつとも、本件土地を本件賃貸借で借り受けることの当否・その内容の当否についても前記債務負担行為についての承認を求める議案との密接な関連性からみて、本件賃貸借の承認が正式に議案として提案されたかどうかということは、本件訴訟の帰趨に大きく影響するものとはいえない)。そして、昭和四七年九月の議会において、議会は本件表土が既に売却されていることを知らずに本件土地を現状有姿のまま直ちに賃借するという前提で前記議案を可決したかどうかについて検討するに、成立に争いのない甲第一三号証、被告石塚健、同榎本清次郎各本人尋問の結果によれば、昭和五〇年五月六日に市長に就任した石塚や、昭和四二年流山市発足当時から総務部長の職にあり、同五〇年七月一日から助役となつた榎本清次郎は、いずれも本件表土が他に売却されていたことを知つたのは同年七月がはじめてであり(その経緯については後述)、榎本はそれを知つて驚愕したこと、昭和五〇年一二月の議会では本件表土問題に関して数日間にわたつて審議が行なわれたこと(その詳細についても後述)が認められ、さらに土地の賃貸借契約において表土部分を除外するというのは経験則上極めて異例のことであるのに、既述のとおり本件表土に関しては賃貸借契約書には全く記載されず、議案提案の際にも何ら説明されていないこと並びに後記三1(四)認定事実を総合すれば、昭和四七年九月の議会は、本件表土が既に他に売却されていることなど全く知らないまま、本件土地を現状有姿のまま直ちに賃借するという前提で前記議案を可決したものであることを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

(四)  同2(四)の事実は当事者間に争いがない。

(五)  同2(五)の事実は当事者間に争いがない。

(六)  同2(六)の事実のうち、山内重機が流山市に対して本件表土を総額金六、二二五万円(その内訳についても原告ら主張のとおりである。)で買取るよう要求したこと、流山市が山内重機から本件表土を金四、〇〇〇万円で買受けることとし、被告石塚が昭和五〇年一二月、議会に対して財産取得として流山市が山内重機から本件表土を金四、〇〇〇万円で買受ける旨の議案を提出し、議会では反対意見もあつたが賛成多数で右議案を可決したことは当事者間に争いがない。

なお、山内重機が買取りを要求した時期が昭和五〇年一一月であることは、被告榎本清次郎本人尋問の結果これを認めることができる(この点の証人山内国義の証言はそのまま肯認しがたい)。

(七)  同2(七)の事実のうち、流山市が昭和五一年二月一四日までに、本件表土を買受けるために金四、〇〇〇万円を山内重機に支払つたことは当事者間に争いがない。

(八)  被告田中が、昭和四七年、染谷元次との間で本件賃貸借契約を締結するにあたり、本件表土に関する事項を一切書面にしなかつた(賃貸借契約書中に記載しなかつたことは前述)ばかりか、事務当局や議会にも報告しなかつた(議案提案の際に説明しなかつたことは前述)ことは当事者間に争いがない。

(九)  被告田中が市長退任による事務引継の際、後任市長である被告石塚に対し、本件表土に関する事項について何ら説明しなかつたことは、被告田中、同石塚各本人尋問の結果により認められる。

2  本件賃貸借契約締結の経緯について

前記1争いのない事実と成立に争いのない乙第一号証の二、第二号証の一ないし三、第二一号証の一、二、証人血矢周治の証言により真正に成立したと認められる乙第二四号証の一ないし四、証人海老原信一の証言により真正に成立したと認められる乙第四ないし第六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第七ないし第九号証の各一、二、証人大作保、同血矢周治、同海老原信一、同染谷元次の各証言、被告田中芳夫、同石塚健、同榎本清次郎の各本人尋問の結果を総合すれば次のとおり認められる。

(一) 流山市の人口増加と小学校用地の確保

昭和四二年に市制を施行した流山市の世帯数および人口は、年々増加の一途をたどり、それに伴つて小学校入学児童数も増加する傾向にあつたから、流山市としては将来にそなえて小学校用地の確保が必要となつた。そこで、当時市長であつた被告田中は、昭和四三年ころ、大作俊一市議を通じて染谷藤七との間で本件土地を小学校用地とすることについての非公式の諒解を得た。

偶々、本件土地付近については小田急不動産が宅地造成をする計画がおこり、西初石地区に小学校を設置する必要性は高まつた。

(二) 本件土地付近の宅地造成

その後、本件土地付近の宅地造成(仮称流山市つつじが丘団地)は、当初の予定の小田急不動産から高崎製紙が行なうことになり、高崎製紙は昭和四六年六月一〇日ころ、都市計画法施行令二三条に基づいて流山市に対して開発行為に関する事前協議の申請を行なつた。その際示された計画によれば、本件土地付近の宅地造成は丘陵や山の部分を削り田圃を埋立てることになつており、丘陵地である本件土地についてもその表土を削つて埋立に利用し表土を削りとつた本件土地は学校用地として利用する、というものであつた。そして高崎製紙は昭和四七年五月には流山市との間で道路、水利、公共施設等の設置をめぐる開発に関する協議を遂げ、同四八年三月二三日には千葉県知事に対して右開発行為に関し都市計画法二九条による許可申請を行ない、同四九年二月一二日に右開発行為につき千葉県知事による許可がなされた。そして同社と流山市とは、同日公共負担金に関する協議書(乙第八号証の一)を取り交し、同社は流山市が後述する本件土地賃借りについて支出した権利金七、二五六万円の半額金三、六二八万円を支払う旨約し、右金員は、高崎製紙から流山市に対し同年五月三一日納入された。

(三) 本件土地の賃貸借契約締結と被告田中の本件表土に関する認識

既述のように昭和四三年ころ、本件土地を小学校用地とすることについて染谷藤七との間で非公式に諒解をえていた被告田中は、交渉を仲介した大作俊一が死亡したこともあつて、正式に契約を締結すべく、昭和四六年一一月初ころ、病床にふしていた染谷藤七を病院に自ら訪れ、本件土地の買受方を申し入れた。これに対して染谷藤七は本件表土を他に売却済であることを理由に本件土地の売却はできないが賃貸しならばよい旨答えた。そこで小学校用地の確保を熱望していた被告田中は、本件土地を確保できればよいと考え、賃貸借契約を締結することで承諾した。その際、被告田中は、染谷藤七が重病人であつたこともあつて、既に売却した表土についてその相手方、その量、売却時期、代金額、代金の授受の有無、搬出の時期等表土売却の具体的内容については全く知らされず、また自ら問い質すこともしなかつた。ただ、被告田中としては小学校建設にあたつては丘陵地であつた本件土地上の表土を削つたあとに行なわれるものであることは漠然と考えていたから、本件賃貸借契約の対象はあくまでも表土を除外した土地であると認識していた。しかし被告田中は本件土地付近で行なわれる高崎製紙の造成のことはもちろん、本件土地上の表土が高崎製紙の造成に使用されるということは念頭になかつた(なお、この点について被告田中は、本件表土は高崎製紙の造成に使用されると思つた旨の前記認定と相矛盾する供述もしているが、同人は表土の点については殆んど意を払つていなかつた状態であるし、証人山内国義の証言によれば山内重機は昭和四七年三月ころになつてはじめて本件表土を南流山の造成に用いるため土砂運搬の許可申請を流山市土木課に行なつていたというのであるから、被告田中の前記供述部分は措信しない)。

そして、被告田中は、本件賃貸借契約締結の任を事務当局に指示し、事務当局(当時教育長であつた被告岡田、酒井公室長、染谷財政課長)は、交渉にあたつたうえ昭和四七年五月二二日になつて亡染谷藤七の相続人である染谷元次と本件賃貸借契約を締結した。

3  本件表土買受に至る経緯について

いずれも成立に争いのない甲第二号証、第三号証の一、二(乙第二八号証は甲第三号証の二に同じ)、第四号証、第七、八号証、第一四号証、前出甲第一三号証、乙第二号証の三、第九号証の一、二、第二一号証の一、二、昭和五三年六月頃現場を撮影した写真であることに争いのない乙第二五号証、被告榎本清次郎本人尋問の結果によりいずれも真正に成立したと認められる乙第一〇、一一号証、第一四、一五号証、第二七号証、被告石塚健本人尋問の結果によりいずれも真正に成立したと認められる乙第一二、一三号証、証人海老原信一の証言によりいずれも真正に成立したと認められる乙第一六、一七号証、証人山内国義の証言によりいずれも真正に成立したと認められる乙第一八、一九号証、第二六号証(原本の存在成立とも)、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第二〇号証、証人大作保(但し一部)、同山内国義、同海老原信一、同血矢周治の各証言、被告田中芳夫(但し一部)、同石塚健、同榎本清次郎、同岡田日出男各本人の供述並びに弁論の全趣旨を総合すれば次のとおり認められる。

(一) 高崎製紙の造成計画の中止

高崎製紙は、昭和四九年三月二六日、水道企業団に対し、所有していた開発許可用地一切を譲渡し、同年六月一八日工事廃止届を千葉県及び流山市に提出して前記造成計画を中止した。右は、当時の友納千葉県知事から流山市に対して市内の江戸川沿いに水道企業団の浄水場用地確保の要請があつたところ、流山市は地主の不売運動にあつて土地のとりまとめができなかつたため、高崎製紙に水道企業団に売却するよう要請した結果なされたものであつて、高崎製紙の側から積極的に造成計画を中止したというのではなかつた。

(二) 高校建築用地の確保

流山市の人口増に伴なつて高校進学率も高くなつたが、同市には昭和四四年に開校した実業高校である千葉県立流山高校一校しかなかつたため、流山市内に普通高校新設の要望が市民から出されており、市としても県に対し陳情をしていた。ところで既述のように高崎製紙が宅地造成を計画していた土地が水道企業団によつて浄水場とされることになつたことと関連して、昭和四九年七月ころ千葉県は流山市に県立普通高校(流山中央高校)の設置を決定し、昭和五一年四月開校することとした。しかし、右決定の段階では未だ予算の裏付けはなされておらず、また具体的な設置の場所も決つていなかつた。その後昭和五〇年七月ころ、県は流山市の要望を容れて設置場所を、以前高崎製紙造成計画地であり、水道企業団が譲り受けた土地の一部である流山市大畔二七五番地の二と私有地を買受けることによつて取得する土地とすることを決定し同年九月の補正予算で開校の予算が計上されるに至つた。ところが、右高校建設予定地は水田と台地であつたため造成工事が必要であるところ、右工事を行なつて高校校舎を建築したのでは当初開校予定である昭和五一年四月には間に合わないという事態が予想された。しかし、普通高校設置は市民の切実な要求であつたから、開校時期を遅らせないためには仮設校舎建築が是非とも必要となり、流山市は、仮設校舎敷地を検討した結果、昭和五〇年九月ころ本件土地に仮設校舎を建築する以外他に適当な候補地はないと判断し本件土地を仮設校舎敷地と内定し、同年一一月二八日千葉県教育委員会教育長と流山市長との間で、本件土地を右仮設校舎敷地として使用することの合意が成立しその旨の覚書(乙第一四号証)を作成するに至つた(なお、本件土地に小学校を建築する計画にかわりはなく、現実に高校仮設校舎を建築して開校の後、本件土地に西初石小学校が建設開校されるに至つている)。

(三) 表土問題の発端とその調査

被告榎本は、昭和五〇年七月二五日ころ、前記普通高校用地取得について水道企業団とその用地の位置・面積等について具体的な交渉を行なつていた過程で、同企業団関係者から本件土地の表土がすでに他に売却されているらしいと聞くにおよび、はじめて本件土地に表土問題のあることを知つた。そこで右の報告を受けた被告石塚は、被告榎本、総務部長、市職員に命じて表土問題の調査を命じた。

(四) 調査の内容と表土売買仮契約の締結

(1) 調査の内容

まず、本件賃貸借契約書作成に関与した被告岡田、酒井公室長、染谷財政課長に事情聴取したが、同人らはいずれも表土売買の事実は知らなかつた旨報告した(なお、被告田中が事務当局に報告しなかつたことは当事者間に争いがない)。そこで染谷元次の代理人である大作保、京葉住宅の代表者浜田安男、山内重機の代表者山内国義を市役所に呼び事情聴取するとともに、山内から関係書類(染谷・京葉住宅社間の土地売渡承諾書(甲第二号証)、染谷・京葉住宅間の昭和四六年七月一三日付表土売買契約書(甲第三号証の一)、京葉住宅・山内重機間の昭和四六年二月一日付表土売買契約書(甲第三号証の二)、染谷藤七の昭和四七年二月一七日付委任状(甲第四号証)、昭和四七年一月一二日の染谷元次宛の京葉住宅の念書(写)(乙第二六号証)、昭和四七年一月三一日付の京葉住宅宛の染谷元次作成領収証(写)(乙第二四号証の一)、昭和四六年七月一三日付並びに同四七年一月三一日付の山内重機宛の京葉住宅作成の各領収証(写)(乙第二四号証の二、三))の交付を受けた。しかし、染谷元次は市当局からの事情聴取に応じなかつたため、調査できず、また本件賃貸借契約締結当時市長として直接の交渉を行なつた被告田中に対しては、何ら調査を行なわなかつた。

(2) 調査に基づく市の判断

流山市は右調査の結果、市顧問弁護士とも相談のうえ、本件表土は染谷藤七から京葉住宅へ、ついで山内重機へと売却されており、その代金についても契約書の条項と異なり(契約書では残代金は表土取始め時となつており、京葉住宅、山内重機とも表土は依然搬出していなかつた)、京葉住宅は代金額金一、五〇〇万円のうち一、四〇〇万円を、山内重機は代金額金一、七〇〇万円全額が支払済であると判断した。

(3) 山内重機の対応

山内重機が本件表土を有効に取得していると判断した流山市は、昭和五〇年一〇月ころ山内重機と折衝を開始した。山内重機は他の事業地の造成工事のために表土搬出を希望した。そして要求が容れられないならば訴訟提起をも辞さない構えであつた。

(4) 表土問題に関する市の方針決定

当時、本件表土を搬出することになれば、その量、周辺の道路事情等より五ケ月の期間を要するから、昭和五一年四月開校のための仮設校舎建設は不可能となることが予想され、またトラツクの運搬に伴なう交通公害や周辺住民の反対も予想されたから、トラツク搬出による事態収拾は困難な状況にあつた(なお、被告は、本件土地の所有者染谷元次から問題が紛糾するのであれば流山市との賃貸借契約を解約してもよい旨の申入れがなされたと主張するが、右は後述する昭和五〇年一二月一九日の新川農協における会談で染谷代理人大作保から、市に賠償金を払つて賃貸借契約を白紙に戻してもよい旨示されたにすぎず、市が本件表土の買受けを決定し仮契約締結までの過程で被告主張のような申入がなされたことまでは認められない)。

市としては、本件表土問題解決にあたつて、まずコストの問題を検討した。本件表土が搬出された後学校用地として整備した場合には合計金五、五九〇万七、一三〇円を必要とするが、本件表土をそのまま利用すれば整備費用は金一、九〇〇万円程度で済む(もつとも、これに本件表土取得にかかる費用―後に交渉により金四、〇〇〇万円となる―を加えるとあるいはコストの面のみから考えれば、表土を搬出する場合より若干超過するかもしれない(後に妥協した金四、〇〇〇万円を基準にすると金五、九〇〇万円となり、三一〇万円程度超過するが、五〇〇万円の寄付金を考慮すると、結果的には一九〇万円少ないことになつた)が、逆に市は表土を所有するとともに学校が高台に建築できることになり教育環境という面からは望ましい結果をもたらすし、前述した市民の要望の強い高校開設を当初の予定どおり実行することができ、かつ交通公害などを免れるという―コスト面以外では―大きな利益を確保することができるものとなる)。また、山内重機側においても、表土搬出にかえて表土を売却するとともに市の本件土地の整地工事を担当することができれば必ずしもマイナスではないとし、整地工事を担当すれば市の買受け申入れに応じてもよいとの意向を固めたため、市としては本件表土を買い入れることにより表土問題を解決することを決定するに至つた。

(5) 表土価格決定に至る経緯と仮契約締結

山内重機は、本件表土の売買代金額として、当初金八、〇〇〇万円を要求したが、その後明細を示して金六、二二五万円を要求するに至つた(金六、二二五万円を要求したこととその内訳は第一・三1(六)で判示した通りである)。これに対して市は、当初一立方メートル当り金一六〇円(合計金一、七八〇万円)を主張したが折り合わず、その後土砂の市価を調査した結果一立方メートル当り金三〇〇円(地山での価格であつて運搬費は含まれない)を適価と考え(合計金三、三四〇万円)、右金額を山内重機に提示した。しかし山内重機は一立方メートル当り金四五〇円と主張するなど交渉を続けた結果、結局金三、五〇〇万円で売買することになつたが、形式的には代金額を金四、〇〇〇万円とし(代金額を金四、〇〇〇万円としたことが当事者間に争いがないことは既述のとおりである)、うち金五〇〇万円を山内重機が流山市に寄付するという内容で合意をするに至り、昭和五〇年一二月九日仮契約を締結した(甲第八号証)。

(五) 議会への議案提出から本契約締結に至る経緯

被告石塚は、昭和五〇年一二月、議会に対し財産取得として流山市が山内重機から本件表土を金四、〇〇〇万円で買受ける旨の議案を提出した(右事実は当事者間に争いがない)。同月一二日に開かれた右議会において被告石塚らは、当初、格別の資料を提出することなく議案説明を行なつたが、同月一七日議員から表土問題の経緯、法的根拠、関係書類の提示、責任の所在の明確化が要求されるに至つた。右に対して被告石塚、同榎本、その他市当局者から本件賃貸借契約は表土を除外する口頭の合意があつたものである等説明がなされたが議論は止まず、翌一八日の会議に持ちこされ、当日には関係書類写が議員に配布されたが、なお審議は続行されるに至つた。翌一九日事態を重くみた市当局は、新川農協に被告田中、大作保を呼び、市側からは被告石塚、同榎本、市議会議長辻長司その他数名が出席して被告田中、大作保から事情聴取をして事実関係を直接かつ明確に確かめた(被告田中から事情聴取したのはこの時が初めてであつた)。そして当日の本会議は午後四時三三分に開会され、表土に関する議案を総務委員会で審議することを決定した。総務委員会では、一二月二〇日、二二日の二日間にわたつて表土に関する議案が審議され、市当局から契約書作成、市長の事務引継に対する反省は示されたが、四、〇〇〇万円の支出については格別の措置をとるには至らず、結局六対一の賛成多数で右議案は可決された。そして同月二二日の本会議においても二四対七の賛成多数で可決されるに至つた。これをうけて、市は一二月二四日山内重機との間で本件表土を金四、〇〇〇万円として正式に売買契約を締結し(乙第一七号証)、同日金五〇〇万円を山内重機が市に寄付する旨の覚書(乙第一八号証)を取り交し、山内重機は即日右金五〇〇万円を市に寄付した。

四  本件表土の法律関係

1  本件表土の所有権の帰属

前記認定のとおり、被告田中が本件表土を除外して賃貸借契約を締結した事実並びに前記第一・三3冒頭掲記の各証拠を総合すれば本件表土は、昭和四三年一二月一〇日染谷藤七から京葉住宅に譲渡され、ついで同四六年二月一日京葉住宅から山内重機に譲渡されたことが認められる。

もつとも、前出甲第二号証では売主名義が染谷藤七ではなく、その子である染谷元次になつていること、相手方の表示も京葉住宅ではなく、京葉住宅社となつていること、表土についても無償提供の合意が示されており、また前出甲第三号証の一、二は、全く同一文言の契約書であるところ、先に契約されたはずの染谷藤七・京葉住宅間の契約書の日付が昭和四六年七月一三日となつていて、京葉住宅・山内重機間の売買契約締結日である同年二月一日よりも遅くなつていること、前出甲第四号証では、染谷藤七から直接の買主ではない山内重機に対して表土搬出等に関する委任状が発行されているが、その日付が染谷藤七が死亡した昭和四六年一一月二六日よりも後である同四七年二月一七日付でなされていること、また契約書によれば残代金の支払時期は表土取り始め時とされているのに(前出甲第三号証の一、二)、それ以前に山内重機は代金を完済し、京葉住宅は残代金一〇〇万円を残すのみの状態を示している(前出乙第二四号証の一ないし四)等不明朗な事実が少なくない。

しかしながら、前掲証拠に照らすと、甲第二号証の点は、京葉住宅の代表者である浜田安男が対税上の措置として架空人名義(京葉住宅社)宛に作成したものであること、甲第三号証の一の点は、山内重機との売買契約成立後に書面を作成したため日付がくい違つたものであること(そのため、契約書の文言が同一となつたであろうことが推測される)、甲第四号証は、染谷元次が京葉住宅の依頼により宛名を白紙にしたまま亡父(染谷藤七)名を記載したものであつて、それが京葉住宅の鈴木和から山内重機に交付されたものであること、代金授受の点については、表土搬出が始まらない段階で染谷藤七が病気入院し、昭和四六年一一月二六日死亡するという事態に至つたため、相続人染谷元次から治療費、相続税等で金員が必要となつたとして特に早期支払いを要請したため支払われたものであること、そのほか山内重機は昭和四七年三月ころから二度にわたつて本件表土を南流山の造成に用いるため土砂運搬の許可申請を流山市土木課に行なつていたこと等が認められるのであり、これらのことを勘案すると、本件表土の売買の経緯について多少の疑念がないとまではいえないにしても、前記認定にかかる本件表土の売買の事実を覆えすことはできない。

2  賃借権と表土との関係

そこで、上記認定事実をもとに、本件賃借権と本件表土との法律関係について検討する。

まず、前記認定のとおり、本件土地の賃貸借締結時の市の代表者である市長であつた被告田中は、染谷元次との間で、昭和四七年五月二二日本件表土を除外して本件土地について契約を結ぶことを認識したうえで、賃貸借契約を結んだのであるから、たとえ市議会や市長の補助機関がその事情を知らなかつたとしても本件賃借権は本件土地のうち本件表土を除外した部分を対象としたにとどまり流山市は右賃貸借により本件表土に関して使用収益をなす権利を取得するものではない。したがつて本件表土に関して流山市と山内重機とは、いわゆる対抗関係に立つことにはならない(山内重機にとつて、本件土地の賃借人である流山市は「第三者」にはあたらない)。この点に関し、原告らは、表土が搬出されていない以上本件表土は土地から未分離の状態であるから山内重機は本件表土の所有権を流山市に対抗できない旨主張する。流山市が本件表土を除外することなく本件土地の賃貸借を結んだのであればあるいはそのとおりかもしれないが、本件のように契約当事者双方であえて本件表土を除外して本件土地の賃貸借を結んだ以上、本件表土についてなんら権利関係を取得するものではなく本件表土の所有権などの権利についての対抗要件具備の有無にかかわることなく、山内重機は流山市に対して本件表土の所有権を主張することができるものであつて、右の原告らの主張は失当というべきである。

次に、流山市と染谷間の法律関係について検討する。右両者間では賃貸借契約に基づき賃貸人である染谷は、賃貸借成立後(昭和四七年五月二二日)から本件表土を除外した本件土地を流山市に使用させる義務がある。従つて市が本件土地を使用するにあたつて本件表土が未だ搬出されていない状態にあるのであれば、市は染谷に対して本件表土の搬出を請求できる地位にあつた。そして表土搬出については染谷・京葉住宅・山内重機の三者間で解決すべきことになるのである。ところで、成立に争いのない乙第二三号証によれば、表土搬出については千葉県当局の厳重な規制が存し、関係市町村長と審査・調整することになつていることが認められるところ、この適用により千葉県または流山市長などの意向によつては実際、本件表土の搬出が行ない得ないような事態も予想されないわけでもなく、必ずしも本件表土の搬出の実施は容易ではなかつたといえよう。

3  本件表土買受後の問題点

原告らは、流山市が本件表土を買受けた場合に本件表土の権利関係は極めて不安定なものとなる旨主張するので、この点について判断する。公証人役場作成の押印および登録番号につき成立に争いがなく、その余の部分の成立につき弁論の全趣旨によりこれを認めることができる乙第三一号証の一、二によれば、流山市は昭和五一年六月一一日、本件土地の賃貸人である染谷元次との間で本件賃貸借契約の目的物が本件表土を除外した部分であることを確認する内容の覚書を取り交し、さらに同月二二日右当事者間で、本件表土が流山市の所有に属し賃貸借契約終了の場合は流山市がこれを収取するか、染谷元次の希望によつて同人が買取ることができる(その金額は、流山市の取得した価格を考慮した適正価格とする)し、染谷元次が本件土地を第三者に譲渡する場合(なお前出甲第六号証の賃貸借契約書第八条1によれば流山市に対して先売義務があり、第三者に譲渡する場合は流山市の承認が必要とされているし、第一〇条では契約違反の場合の損害賠償義務が定められている)には、本件表土が流山市の所有であることを書面で当該第三者に通知するよう染谷元次に義務づけ、右義務不履行の場合の損害賠償責任も明示されているから、対地主、対土地譲受人との本件表土の権利関係は明確にされていることが認められ、原告らの主張するような不明瞭な法律関係の発生・存続を、避けていることが認められる。

五  被告らの責任の有無

1  被告石塚の責任について

(一) まず、原告らは山内重機の買取要求に対して市としては本件表土を含めた本件土地の賃借権を主張すべきであつた旨主張するが、既述のとおり本件賃貸借契約は本件表土を除外したものとして成立している以上かかる主張をなしうる法律的根拠はないから、このような主張を行なわなかつたのは、もとより当然である。原告らの右主張は失当である。

(二) 次に、原告らは、染谷から京葉住宅、さらに山内重機への本件表土の売買については真実なされたものといえるかについて疑問があるのにその解明が十分尽くされていない旨主張する。なるほど、既述のとおり右売買に関しては矛盾する若干の書類が存在し、また市は表土売買を決定するまでに直接の当事者であつた染谷元次や被告田中からは直接事情聴取を行なつていない等必ずしも調査が十分尽されたとはいえないことは窺えるが、前記認定のとおり染谷藤七から京葉住宅、さらに山内重機への本件表土売買の事実が認められる以上、市は結論を誤つたわけではないから、かかる調査が不十分であつたからといつて直ちにそれをもつて違法ということはできず、この点に関する原告らの主張も理由がない。なお、原告らは、調査不十分で山内重機の要求に応じたのは何らかの密約によるのではないか、とも主張するが、右事実を窺わせる証拠はない。

(三) 第三に、山内重機からの本件表土の所有権主張に対し、市が買取る形で問題を処理した点について判断する。

既述のとおり山内重機は当初本件表土搬出を希望したのであるから、市としては賃借人の立場では何も表土を買い取ることを考えずに処理し、他方行政主体の立場からは土砂運搬に伴なう生活障害等の防止の見地から表土搬出を制限し、表土搬出不能による問題の処理につき関係者に対して行政指導するという解決方法も一つの策として考えられないわけでもないが、右のような処理をすることになれば、かなりの期間を要するであろうことは推認するに難くなく、市としては、現実にはその間本件土地を使用できないという不利益を受けるし、またそのような表土搬出禁止というような威圧的な公権力を背景とする行政指導の当否も別個の問題として生じ、必ずしも市として得策といえるかどうか疑問である。あるいは、土砂運搬を認めることで高校仮設校舎建設をあきらめ、当初からの予定地に校舎建築をし開校時期を遅らせる、というのも一つの解決方法として考えられるであろうが、普通高校の早期実現を希望し期待している市民の要望に―一年とはいえ―大きく反することになる。またここではあげられないけれども、他の解決方法も考えられるかもしれない。

しかし流山市が本件表土買受けを決定した理由は昭和五一年四月開校を間に合わせるための県立普通高校仮設校舎設置建設の必要に基づくものであつたことは既述のとおりであり、これは普通高校の早期開校という市民の希望と、当時高校進学適令時の子女を有する父兄の大きな期待にそう判断であつたわけである。

このように解決方法についていくつかの選択の巾のある場合に市がどのような解決方法をとるかは広い意味での政治判断に該当するものであり、その政策決定については市―具体的には市長―に相当程度の裁量が認めらるべきは当然である。そして本件では市民から早期に県立普通高校開設の要望がなされており、そのための仮設校舎建設のタイムリミツトが近づいていたものであるから、市が前述した解決方法を選択したのはその裁量の範囲内として許されるものである。

なお、原告らの主張によれば、高校予定地をもつと早期に決定し着工していれば仮設校舎の必要はなかつた旨主張するが、前記認定のとおり県が昭和四九年七月に普通高校設置を決定した段階ではまだ予算の裏付けもなく、同五〇年九月の補正予算で漸く予算の裏付けがなされるに至つたものであり、設置場所の決定はその二か月前であつて特に設置場所決定が遅延したものではないこと、他に適当な設置場所が確保しえたと認めるに足る証拠はないこと等を勘案すれば、右原告らの主張は肯認し難いというのほかない。

(四) 第四に、本件表土買取自体は違法でないとしても、その代金額が適正であつたかについて判断する。

既述のとおり、市は表土の市価を検討した上一立方メートル当り金三〇〇円をもつて適正価格と判断したものであり、右は多少の期間は経ているものの山内重機が取得した価格を大巾に上回るものであつたから、右金額でもつて買受けるのであれば本件表土買受は問題はないといえよう。ところが市は山内重機が価格の問題で容易に応じなかつたことから、普通高校仮設校舎建設時期が近づいてタイムリミツトとの関係で右の金額よりも高い金額で買取ることとして、本件表土問題を解決したものであるから、右適正価格を上回る支出は価格の面のみからみれば問題がないとはいえず、むしろ本来違法な公金支出であるというべきである。

しかし、右適正価格を超えて支払うことを余儀なくされた原因は普通高校昭和五一年四月開校―これは当時の市民の大きな要望・期待にそうものであり、一年延期ということは流山市にとつては著しく不利益な結果となる―という差し迫つた合理的な事情があつたため、いわゆる売手・買手間における市場原理により、本来ならば交渉を継続しあるいは他の解決方法に方針変更する等の措置をとれるところを、止むなく適正価格を超えた価格で買受けに応ぜざるを得ない状況であつたことによるものということができる。従つて適正価格を超えた価格での支払いは、被告石塚の関係でいえば止むを得ざるものがあつたというべきであり被告石塚に責任を問うことは許されないものである。

(五) 以上により、被告石塚には本件公金支出についての責任は認められないから、その後の議会における対応等についての原告らの主張について判断をするまでもないものである。

2  被告榎本の責任について

被告榎本の責任は公金支出に関して市長を補佐する義務に違反したことを内容とするものであるところ、既述のとおり市長である被告石塚の公金支出は被告石塚にとつて止むをえないものであつて責任を問うことができないものと認められる以上、被告榎本の責任はその前提を欠くから、その余の点について判断するまでもなくその責任は否定されることとなる。

3  被告田中の責任について

(一) まず、既に認定したところによれば被告田中が本件賃貸借契約において本件表土に関する事項を契約書その他の書面に定めず、事務当局や本件土地の賃貸借契約に基づく財産取得に伴なう権利金七、二五六万余円の債務負担行為に関する議案を審議した昭和四七年九月開催した議会にも報告しないで、議会の賛成議決を経たこと、また昭和五〇年五月の市長退任の際の事務引継においても全くこれを説明しなかつたこと、そのために、昭和五〇年七月ころになつてはじめて普通高校仮設校舎建設の際に本件表土問題が発覚し、事態の早期の解決を急ぐ市当局が本件表土の買受けに際し適正価格を超える金額で買受けその支払いを余儀なくされたことは明らかであり、被告田中の行為に基づき流山市が前記金員を不当に支出せざるを得なかつたものである。

(二) そこで被告田中の前記行為が本件適正価格を超える金員支払について責任を有するかどうかについて判断する。

まず、被告田中は本件表土は高崎製紙の造成に利用されて小学校用地は出来上ると考えていたから後に表土問題が生じることは全く予見できない状態であつた旨主張する。たしかに、本件賃貸借契約当時、本件土地周辺では高崎製紙が宅地造成を計画していたが、既述のとおり被告田中は本件賃貸借契約当時高崎製紙の造成や、本件表土が右造成に使用されるということは念頭になく、ただ漠然と本件土地は表土が除外された後に小学校は建築される程度に考えていたのであり、また表土に関する具体的事項(売却先、売却時期、量、搬出時期等)については、染谷元次などから何ら確認調査していなかつたというのであり、これらの事項は小学校建設の時期、態様その他に重大な影響を与えることは明らかであつて、いざ小学校建築時になつて表土が搬出されていないという事態は十分予想され得ることであるというべきであり、右のような確認調査を怠つている以上「全く予見できない」ということはできず、被告田中はこの点において軽卒のそしりを免れない。そして通常、かかる表土に関する事項を確認調査した上でこれを契約書等に明示し、市職員に報告しておけば、未然に後の紛議を避け、かつ十分時間をかけての対策を講じえたものと考えられるし、更に前述した本件土地の賃貸借に関する市議会の審議に際しても当然論議の対象となり、事の真相が明確にされ、権利金その他の金員の当否が検討され、この点の議会の審議も具体的に提示されることが当然予想され、したがつて昭和五〇年一二月開催された議会におけるようなタイムリミツトの迫つた時間的に極めて不十分な状態での対処等と異なつた解決方法が十分論究されたことは経験則上明らかであるから、被告田中が契約書等に本件表土に関する事項を明示せずかつ市職員に報告しなかつたのは市長として誠実に事務を執行しなかつたものであり、この点に過失があるといわざるを得ない(なお、被告田中が事務当局に報告しなかつたことは当事者間に争いがないところ―秘匿したか、述べなかつただけかは争いがあるけれどもその点はともかく―被告田中本人の供述、証人大作保の証言中には、交渉に当つた被告岡田、酒井公室長などは実際は知つていたかのような趣旨のものもあるけれども、被告岡田の供述と照らし、必ずしもこの点の真相は把握することはできないが、少なくとも検討すべきこととして問題点の検討はすべき事項とは考えられていなかつたことは明らかである)。また被告田中が本件表土に関する事項を昭和五〇年五月、後任市長に事務引継をする際に何ら言及しなかつたことも、本件表土問題が本件土地の学校用地の利用方法、時期、態様その他に影響を大きく与えるべきものであることからみれば、事務引継が不十分であつてそれが本件表土問題の処理に悪影響を及ぼしたものと考えられるけれども、これにより市が蒙るべき損害は前述した本件契約内容の文書化または市職員の説示などの不当さにより蒙るべき損害より以上に生じまたは別個であることは考えられない(本件表土問題の処理が主として普通高校仮設校舎建設・開設時期というタイムリミツトとの関連で論ぜられていることから、右のように認める)から、以下事務引継の当否との関連はふれないで検討することとする。

(三) なお、被告田中は、右事項を書面にしあるいは事務当局に報告していれば、適正価格を超えて金員を支出することはありえないとまでは断言できない旨主張するが、既述のとおり適正価格を超えてもなお金員支出をせざるを得ないようになつたのは本件土地に高校仮設校舎を建設する段階ではじめて本件表土が他に売却されていることが市当局などに判明し、そのために建設を急ぐ理由から表土を適正価格を超えて買受けざるを得なくなつたのであることからすれば、本件表土に関する事項が本件賃貸借契約の時点で書面化されあるいは事務当局に報告または市議会の審議で討議されていれば時間をかけたうえで、より妥当な他の解決方法をとり、あるいは山内重機と早期に交渉を開始することが可能であつたことは明らかであり、したがつて、本件のように適正価格を超えるような金員の支出を避けることができたであろうことは十分推測できるところであるから、前記被告田中の主張は失当であり、到底受けいれることはできない見解であるというべきである。

(四) 次に、被告田中は、本件表土問題が浮かんだのは高崎製紙の造成工事廃止に起因し、もし高崎製紙の造成工事が継続されていれば本件表土問題は発生しなかつた旨主張する。

しかし、既述のとおり、本件土地の賃貸借当時被告田中は本件表土が高崎製紙の造成に利用されるということは念頭になかつたのであるし、また山内重機は本件表土をむしろ南流山の造成工事に使用する意向であつた(このことは証人山内国義の証言により認められる)から右主張はその前提を欠くものである。仮に本件表土が高崎製紙の造成に使われることになつていたとしても、既述のとおりその造成工事廃止については被告田中の全く関与しない事情によるものではなく、昭和四九年三月下旬に当時の友納千葉県知事の要請により流山市(当時の市長は被告田中である)の仲介で高崎製紙が造成予定地を水道企業団に売却したことが原因となつてその造成計画を廃止するに至つたものであり、本件表土が搬出されないことになつた原因の一端は流山市にないというわけではない。そして右工事廃止は昭和四九年六月一八日になされているのであるから、本件表土の使用先が被告主張のとおりとしても本件表土に関する事項を書面化しあるいは事務当局に報告などしておれば時期的にみて本件のような適正価格を超えた金額での買受けを余儀なくされるような事態は十分回避することができたものと認めるのが相当である。

被告田中の右主張は理由がない。

(五) 次に、被告田中は、本件の適正価格を超える金額の支出は普通高校仮設校舎建設のためになされたものであつて、被告田中が表土に関する事項を明らかにしておいたとしても、必然的な支出でやむをえなかつたものであり、被告田中の不作為と適正価格を超える金員の支出とは相当因果関係を欠く旨主張する。

流山市が普通高校仮設校舎建設のために適正価格を超える金員支出を余儀なしに至つた経緯は既述のとおりであるが、それは本件表土に関する事項が仮設校舎建設の段階ではじめて判明し、建設を急ぐ必要から適正価格を超えて支払うことになつたものであるから、被告田中が本件表土に関する事項を契約書で明示しあるいは事務当局に報告説示し昭和四七年の市議会での審議を受けていれば、適正価格を超えた分については支払わずに済んだかもしれないものと推認することができる。そうだとすれば被告田中の右主張は理由がない。

(六) そこで被告田中の前記不作為に基づく損害額について検討する。

既述のとおり、山内重機から流山市への本件表土の売買代金額は形式的には金四、〇〇〇万円であるが、うち金五〇〇万円については直ちに市に寄付されているからその実質は金三、五〇〇万円であるということができる。そして市は本件表土を財産取得するものである以上、本件表土の適正価格相当分は財産を取得し同時にその分だけ価格分を増すということになる。したがつて損害額についてみると、市が現実に支出し負担すべき金三、五〇〇万円から市が取得し利得することになる本件表土の適正価格分である金三、三四二万三、〇〇〇円(一立方メートル金三〇〇円)を控除した金一五七万七、〇〇〇円が市の蒙るべき損害であつて右金額について被告田中は損害賠償義務を負うこととなる。なお、被告田中は昭和五〇年一二月二四日に市に金五〇〇万円寄付しているが、右は本件表土問題とは直接関係なく寄付したものであることは被告田中の自認するところであるから、右賠償額算定においては、そのことを考慮する必要がないものである。

(七) なお、被告田中は本件公金支出の時には市長を退任しているから本件公金を支出したことにはならない旨主張するが、地方自治法二四二の二第一項四号のいわゆる代位訴訟における「当該職員」とは必ずしも公金支出時に現に職員の地位にあることを要せず、公金支出時には職員の地位を失つていても職員在任中の任務懈怠により当該損害に対して原因を与えたと認められる場合には右「職員」に含まれると解されるから、被告田中の右主張は失当である。

また、本件公金支出に関する議案が議会で可決されたことは、住民訴訟の制度が住民自治の観点から普通地方公共団体の住民に特別の権利を認めたものである以上、その請求の当否について何ら影響を及ぼすものではない。

よつてその余の点について判断するまでもなく、被告田中に対する請求は金一五七万七、〇〇〇円の支払を求める限度において理由があるというべきである。

第二予備的請求について

訴の適否について判断する。

本件訴は、金四、〇〇〇万円の公金支出が違法でないとした場合に、染谷元次、京葉住宅、山内重機は流山市の金四、〇〇〇万円の負担において不当利得を得、被告田中は金四、〇〇〇万円につき損害賠償責任を負うところ、被告石塚、同榎本、同岡田はそれらの請求権の行使を怠つているので、その違法確認を求める、というものである。

ところで、前出甲第九、一〇号証によれば原告らの監査請求事項は本件公金支出が違法支出であることを内容としてなされており、公金支出が違法でない場合の被告石塚らの怠る事実については何ら請求されていないことが認められるから、予備的請求にかかる訴についてはすべて監査請求前置の要件を欠き不適法といわざるを得ない。

第三まとめ

よつて、主位的請求については、流山市に代位して被告田中に対して金一五七万七、〇〇〇円とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五一年八月二六日以降支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、被告田中に対するその余の請求並びに被告石塚、同榎本に対する請求は失当であるからこれを棄却し、被告岡田に対する訴及び全被告に対する予備的請求にかかる訴はいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する(なお仮執行宣言は相当でないのでこれを付さない)。

(裁判官 奈良次郎 鈴木経夫 吉田健司)

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